▲ラットランドのグレイス教会に所蔵されていた新島の肖像画(作者、製作年代ともに不詳。)
昭和58(1983)年同教会より同志社に寄贈された。
同志社社史資料室より

 同志社は百周年を記念して、1976年6月17日に大学長松山義則が同志社を代表してグレイス教会に贈ったタブレットには次のように記されている
一八七四年十月九日
この聖堂で開かれたアメリカン・ボードの第六十五回年次大会で、フィリップス・アカデミー、ア−モスト大学、アンド−ヴァ−神学校の卒業生である日本青年
新島 襄
祖国日本にキリスト教主義の大学を設立のため熱烈に訴えた、ここで与えられた五千ドルは日本のプロテスタント系学校として、創立以来百年を閲した同志社の誕生を可能ならしめた(同志社百年史通史P.8)
31歳でアンド−ヴァ−神学校を卒業した新島は、グレイス教会で開かれた年次大会で「キリスト教主義の大学を創り、自治自律の人民を育成する」畢生の事業を初めてアピールし、募金を訴えたことを感動的な記述で残している。