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朝原 宣治氏 |
('95 商学部卒業 陸上競技部 OB) |
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「世界陸上に出場した感想」
2004年のアテネ五輪で精神的に燃え尽きた感じがありました。2005年にはヘルシンキ世界陸上にも出場しましたが、これまでのような燃え上がる闘志が沸いてこず、引退を意識し始めました。その閉会式で次のホスト国ということで、「大阪で会いましょう」と書かれた横断幕を持って行進しました。その時から徐々に日本での、特に大阪で開催される世界陸上を意識し始め、私の消えかけていた選手としての闘志も再び燃え上がり始めました。
日本の応援に来られた多くの観客達から、大きな歓声を浴びて走る大会というのはいったいどれ程気持ちが良く感動的なものなのだろう・・。と想像が膨らみました。大会本番ではその想像を上回る大歓声を浴び最も感動的な大会となりました。大阪大会に向かって計画をたて、一から体を作り直し日本代表となった自信やスタジアムで観客と一体感を得ることができ、私にとって非常に大きな意味の持つ大会となりました。 |
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「北京五輪について、今の気持ち」
大阪世界陸上にかける思いが非常に大きく、この大会を最後と考えていましたので北京五輪に向けての気持ちが盛り上がってくるには時間がかかりました。実際、今もモチベーションとしては北京五輪に向かってというよりも、競技者としての本能のようなものが大きいです。大阪大会だけを目標にやってきた結果、精神的に身体的にまた高いレベルまで来ました。そのレベルを保つこと、また、もっと上を目指すことができる状況であるのに、そこで止まってしまうことに違和感を覚えました。後悔しないためにも自分の限界に挑戦することが北京五輪に繋がっていくと思います。 100mでの9秒台やファイナル進出、また4×100mリレーでのメダルは大きな目標になりますが、まずは精神面でも身体面でも満足がいくように、自分に負けない気持ちを持ち続け、集中してトレーニングしていくことが重要です。そして、それが達成できたとき充実した気持ちで北京に臨めるでしょう。 |
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「トップアスリートを目指す心構えとは」
大学3年生のときの日本選手権で大失敗し、これまでにない非常に悔しい思いをしました。それまで、何となく強くなりたい、日本代表になってみたいという気持ちは持っていました。もともと大学で競技をやめようと思っていた私でしたが、このときに「必ず日本代表になってオリンピックに出てやる」と強い決心をし、どんな辛いことでも乗り越えようと覚悟を決めました。
その後、私は100mの日本記録と走幅跳の自己ベスト記録を出しました。そして大学4年生のときに初めて日本選手権を征しました。これは中途半端な気持ちと覚悟では世界大会には出られなかったという私の事例です。競技を楽しむ気持ちはもちろん大切ですが、楽しむのと楽をするのは違います。楽しむためには苦しいこともしなければいけません。トップアスリートは強い体が資本となりますが、強い体を作るのは強い心です。私も初めは妥協をしたり、あきらめたりしましたが、たくさんの失敗、経験により精神的に強くなっていきました。そして、もっと競技を楽しめるようにもなりました。 失敗を恐れず、果敢にチャレンジする気持ちを持ってください。 |
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【プロフィール】
朝原 宣治(あさはら のぶはる)
1972年6月21日生まれ(兵庫県出身)
夢野台高校 → 同志社大学 → 大阪ガス
身長:179センチ 体重:75キロ
高校から陸上を始め、3年生のときには走り幅跳びでインターハイ優勝。同志社大学商学部に在学中の1993年に、100メートルで10秒19の(当時)日本記録を樹立。アトランタ、シドニー、アテネと3大会連続でオリンピックに出場。昨夏の世界陸上大阪大会では、4×100mリレーにおいて、日本チームのリーダーとしてチームを牽引し、日本新記録を樹立。 |
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